1888年2月に南仏アルルに降り立ったファン・ゴッホは、春の訪れとともに、この地方の美しさに魅了されます。その中で目にとまったのが、故郷オランダを彷彿とさせる、「ラングロワ橋」という、運河にかかる跳ね橋でした。これを題材にした彼の油彩画作品は5点の存在が知られていますが、その最初の作品として、1888年3月中旬に描かれたのが本作となります。
ファン・ゴッホは、快晴できらめく水面をとりまく光景を、日本の浮世絵を想起させるような輪郭線を基調に、緑とオレンジ、青と黄色など、対照的な色彩を効果的に組み合わせ、その場でカンヴァスにとどめました。彼はその出来栄えに満足し、パリに住む弟テオを通してオランダの画商・ヘルマヌス・ヘイスベルトゥス・テルステーフ(1845-1927)に贈ることを計画します。かつて本作の画面左隅には、その献呈を示す文言が記されていました。この人物はハーグの美術業界で大きな影響力を持ち、ファン・ゴッホは彼に畏敬と怨恨の入り混じった複雑な思いを抱いていました。そのテルステーフにあえて、本作で自らの最新の絵画表現を示すことで、故郷オランダでの過去に区切りをつけ、前衛画家としての覚悟を新たにしようとしたのでした。
この土地が澄み切った大気と鮮やかな色彩効果で、日本のように美しく見えるということから書き始めたい。風景の中で水が美しいエメラルドと豊かな青の斑紋を描いていて、ちょうど浮世絵に見られるのと同じようだ。
——ファン・ゴッホの手紙より
手紙 587 アルル 1887年3月18日 エミール・ベルナール宛 『ファン・ゴッホの手紙 Ⅰ・Ⅱ』
(フィンセント・ファン・ゴッホ著、ファン・ゴッホ美術館編、圀府寺司訳、新潮社、2020年)