みどころ・作品紹介 Introduction

誰もが知る―
ファン・ゴッホになるまで。
Introduction

フィンセント・ファン・ゴッホ 《自画像》
フィンセント・ファン・ゴッホ 自画像
1887年4-6月、 油彩/厚紙、 32.4×24cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
 オランダ南部の小さな村で生まれたファン・ゴッホ。画商の仕事もキリスト教の伝道師の仕事もうまくいかず、「絵の道しかない」と決心したのは27歳。弟テオの援助を受けながら、何を描くかを考え抜き、絵の基礎を築いていきました。彼は農民や炭鉱夫と暮らしをともにし、人間の苦悩に寄り添いながら、何よりも自然を愛しました。 展覧会第1期で紹介する画業の前半期は、ファン・ゴッホとその作品を知る上で欠かせない原点です。1期となる「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」では、初期オランダ時代からフランス・パリで色彩に目覚め、さらなる光を求めてアルルに向かい、《夜のカフェテラス》を描くに至るまでをさまざまな作品を通して紹介します。

夜のカフェテラスCafe Terrace at Night

フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のカフェテラス(フォルム広場)》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のカフェテラス(フォルム広場)》
1888年9月16日頃、 油彩/カンヴァス、 80.7×65.3cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
クレラー=ミュラー美術館の創設者のヘレーネ・クレラー=ミュラーは、1914年、詩人のアルベール・オーリエ(生前のファン・ゴッホを称賛し、その兄弟から作品を何点か寄贈された)のコレクションを入手します。この中に、今回の展覧会の主役である《夜のカフェテラス》が含まれていました。

1888年2月に南仏アルルを訪れたファン・ゴッホは、この地方の澄み切った空気と豊かな色彩に魅了されます。かねてから夜景に関心のあったファン・ゴッホは、美しい風土の中でこれを描き出し、現代の私たちをひきつける表現を編み出しました。《夜のカフェテラス》はその最初期の作品のひとつです。

はじめファン・ゴッホは、夜景や星空は記憶や想像力で描くしかないと思っていたようですが、1888年の9月半ばに、アルルの中心・フォルム広場におもむき、現地でイーゼルにカンヴァスを設置し、あえて暗闇の中で、夜の景色を油彩で描きました。《夜のカフェテラス》誕生の瞬間です。ほぼ同時期にしたためられた妹あての手紙で「灯りで照らされた広場は薄い硫黄色と緑がかったレモンイエローで色づけされている。夜を現場で描くのはとてつもなく楽しい。昔はデッサンだけ描き、後日デッサンをもとに油彩を描いたものだ。でも僕は現場で直接描いてよかったと思っている」と語っています。

実際、《夜のカフェテラス》の基調となっているのは、夜空の青色と、カフェの黄色い灯りで、これまで夜空を黒か灰色にしか描かなかった西洋絵画としてはかなり斬新な表現です。交流のあったルイ・アンクタンによる、薄明かりのパリの街頭を描く作品や、歌川広重による江戸の月夜を描く浮世絵からの影響も想定されます。また、このころファン・ゴッホが愛読していたギィ・ド・モーパッサンの小説『ベラミ』で描かれた、パリの喧騒に満ちた夜景とあでやかな星空にも刺激されたのかもしれません。

パリからアルルに移り、次々と画家としての新境地を切り開いたファン・ゴッホ。夜景に対する特別な思いと、大胆な試みが生み出した《夜のカフェテラス》は、彼の短い生涯で最も幸福な時期を象徴する作品です。

みどころChapters

Chapter 1バルビゾン派、ハーグ派

1870年代に画商の社員としてパリやロンドンに勤務するなど、早くから絵画芸術に親しんでいたファン・ゴッホ。特に、1881年以降に本格的に画家を目指すようになると、農村生活を主題としたバルビゾン派の巨匠ジャン=フランソワ・ミレーの作品に強い憧れを抱きました。また、ヨーゼフ・イスラエルスなど当時ハーグで活躍していた画家たちからも刺激を受けることになります。この章では、ファン・ゴッホが画家を目指す背景にあったバルビゾン派とハーグ派の作品を紹介します。
ジャン=フランソワ・ミレー《白い帽子をかぶった女の頭部》
ジャン=フランソワ・ミレー 《グリュシー村のはずれ》
1854年、 油彩/カンヴァス、 46×56cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
ヨーゼフ・イスラエルス《ユダヤ人の写本筆記者》
ヨーゼフ・イスラエルス 《ユダヤ人の写本筆記者》
1902年、 油彩/カンヴァス、 107.7×151.4cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink

Chapter 2オランダ時代

1881年、ファン・ゴッホはハーグ派の画家のひとりアントン・マウフェの指導のもと、油彩画と水彩画の手ほどきを受けます。一方で、当時の社会問題に深く関心を寄せたファン・ゴッホは、街の景観や労働に勤しむ人々などを主題に素描を繰り返すことで、画家としての技量を自ら培いました。1884年からはオランダ南部のニューネンで、農民たちと身近に接しながら、その実直な姿を題材に群像表現の大作に挑みます。この章ではハーグでの油彩画や素描、ニューネンでの習作群を展示し、経済的な苦境や周囲との軋轢をのりこえつつ模索を続けた、ファン・ゴッホの初期の創作をたどります。
フィンセント・ファン・ゴッホ《麦わら帽子のある静物》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《麦わら帽子のある静物》
1881年11月後半-12月半ば、 油彩/カンヴァスに貼った紙、 36.5×53.6cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ《大工の仕事場と洗濯場》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《大工の仕事場と洗濯場》
1882年5月下旬、 鉛筆、黒チョーク、黒インクのペンと筆、茶色の淡彩、不透明水彩、ひっかき傷、升目状の跡/簀の目紙、 28.6×46.8cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ《白い帽子をかぶった女の頭部》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《白い帽子をかぶった女の頭部》
1884年11月-1885年5月、 油彩/カンヴァス、 44×36cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink

Chapter 3パリの画家とファン・ゴッホ

ファン・ゴッホが絵画芸術に関心を抱き始めた時代、すでにパリでは第1回印象派展が1874年に開かれるなど、新しい表現が台頭し始めました。ファン・ゴッホは、すでに名声を得ていたモネ、ルノワール、ピサロなどを「大通りの印象派」、新印象派やポスト印象派の新進画家たちを「小路の印象派」と呼び、対比していました。彼がもっぱら交流があったのは後者ですが、前者の著名画家とともに前衛画家たちの組合設立を構想するなど、パリで触れた最新の絵画表現に大きな可能性を見出したのは確かです。この章では、モネ、ルノワール、ピサロに加えて、新印象派のリュスなど、1860年代から90年代のパリの画家たちの作品を紹介します。
オーギュスト・ルノワール《カフェにて》
オーギュスト・ルノワール 《カフェにて》
1877年頃、 油彩/カンヴァス、 35.7×27.5cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
クロード・モネ《モネのアトリエ舟》
クロード・モネ 《モネのアトリエ舟》
1874年、 油彩/カンヴァス、 50.2×65.5cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
カミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》
カミーユ・ピサロ 《虹、ポントワーズ》
1874年、 油彩/カンヴァス、 52.9×81.5cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
マクシミリアン・リュス《パリ一帯、モンマルトルからの眺め》
マクシミリアン・リュス 《パリ一帯、モンマルトルからの眺め》
1887年頃、 油彩/カンヴァス、 46×65cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink

Chapter 4パリ時代

1885年に父がなくなったことをきっかけに、ベルギーのアントワープを経て、パリに住む弟テオをたずねてやってきたのは1886年の2月。ファン・ゴッホは、風景画や、静物画、そして自画像で配色や筆致の試行を続けました。やがて、印象派や新印象派など、パリの前衛的な表現から触発されて、明るい色彩と闊達な筆致を駆使するとともに、他の画家には見られない独自の感覚も示すようになります。この章では、約2年間のパリ時代で劇的に変化した、ファン・ゴッホの絵画表現の変遷をたどります。
フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの丘》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《モンマルトルの丘》
1886年4-5月、 油彩/カンヴァス、 38.1× 61.1cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《自画像》
1887年4-6月、 油彩/厚紙、 32.4×24cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ《草地》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《草地》
1887年4-6月、 油彩/カンヴァス、 30.8×39.7cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ《石膏像のある静物》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《石膏像のある静物》
1887年後半、 油彩/カンヴァス、 55×46cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink

Chapter 5アルル時代

1888年2月、ファン・ゴッホは南仏プロヴァンス地方のアルルを訪れます。都会での生活に疲弊を感じ、心機一転をはかる意図もあったようですが、春の訪れとともに、彼はこの地の澄み切った大気と鮮やかな色彩に魅了されます。その美しさを、浮世絵版画を通じて理想郷として憧れる「日本」そのものだと感じた彼は、アルルの自然を鮮烈な色彩対比で表現することに夢中で取り組みます。その中で、アルル時代の代表作のひとつである《夜のカフェテラス》をファン・ゴッホは描きあげることになります。
フィンセント・ファン・ゴッホ《夕暮時の刈り込まれた柳》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《夕暮時の刈り込まれた柳》
1888年3月、 油彩/厚紙に貼ったカンヴァス、 31.6×34.3cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink
フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のカフェテラス(フォルム広場)》
フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のカフェテラス(フォルム広場)》
1888年9月16日頃、 油彩/カンヴァス、 80.7×65.3cm
クレラー=ミュラー美術館
©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
Photography by Rik Klein Gotink

クレラー=ミュラー美術館Kröller-Müller Museum

クレラー=ミュラー美術館 外観
クレラー=ミュラー美術館
©Kröller-Müller Museum/photo: Jannes Linders
クレラー=ミュラー美術館は、オランダ・ヘルダーラント州のデ・ホーヘ・フェルウェ国立公園内にある美術館。約90点の油彩画と約180点の素描などからなる、世界屈指のファン・ゴッホによる作品が収蔵・展示されています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《自画像》
ヘレーネ、アントン夫妻の写真
1937年 クレラー=ミュラー美術館
クレラー=ミュラー美術館
©Photo Archive Kröller-Müller Museum
実業家のアントン・クレラー=ミュラーと、妻のヘレーネ・クレラー=ミュラーのコレクションを基に1938年に開設された美術館です。ヘレーネは、ファン・ゴッホが評価の途上にあった1908年からのおよそ20年間に、夫アントンの支えのもと、ファン・ゴッホの油彩画約90点と180点を超える素描・版画を収集しました。ヘレーネは作品がもたらす感動を多くの人々と分かちあうためにコレクションを公開、それがファン・ゴッホのゆるぎない評価につながっていきました。
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